バックグラウンド
指定なし
2015年8月、ウランバートルの歯科実態調査を行いました。
ランダムに選ばれた、受入れ許可をいただいた歯科医院に出向き、アンケートに答えてもらい、施設内見学、写真撮影という形式で行いました。皆さん快くお答えくださって、一か所約束2時間程度の訪問で、滞在中16か所の歯科関連施設を訪問し、モンゴルの歯科医療の現状とその課題、また今後の展望をお聞きすることが出来ました。
現在、モンゴルのウランバートル市には大小200を超える歯科医院があると言われています。モンゴルの人口は約300万人、そのうちの140万人がウランバートル市に在住しており、人口10万人あたりの歯科医院軒数は約14軒です。日本では人口10万人あたりの歯科医院軒数がもっとも少ないのは福井県の35軒で、激戦区の東京に至っては80軒を超えますから、日本の歯科医院の過密度とは比較になりませんが、モンゴルの歯科医師の多くは、『モンゴルのマーケットは非常に小さいから、患者の奪い合いになり、生き残っていくのが大変だ。』と言います。モンゴルの歯科医院の多くは保険診療を行っておらず、自費負担可能な裕福な患者さんをターゲットとしているため、マーケットが小さいということになるのでしょう。そのため、ひとつのクリニックで、口腔外科も小児歯科も矯正歯科もインプラントも、あらゆる分野に対応可能な技術と施設を備えたいという声が多く聞かれました。
虫歯で死ぬ子供がいるという現実
虫歯で死ぬ子どもがいるという現実
では、クリニックで自費負担できない患者さんはどこで治療を受けるのでしょうか。
ウランバートルで訪問した歯科医院はどこも施設が立派で、歯科医師の先生方も常に学び続け成長していきたいという熱意をもって日常診療に取り組まれていらっしゃいました。しかし、国立第一病院、母子保健センター、州立病院などの基幹病院の口腔外科に行くと『なんだなんだ日本人がきているぞ』と病室から顔を出した5〜6人の子どもたちが全員頬を大きく腫らし、顎に絆創膏を貼っている光景は異様で愕然としてしまいました。専門的にいうと、この子たちは全員歯性感染症で、膿瘍から蜂窩織炎を併発しているのです。簡単にいうと、適切な治療を行わなかったために、根の先から骨までばい菌が入り込んでしまっているのです。実は、これは非常に危険な状態で、私は現在歯科医師になって20年になり、学校校医や日常診療でも多くの子どもさんの治療にあたっていますが、子どもの蜂窩織炎を見たことがありません。おそらく日本の大学病院でも小児の蜂窩織炎は非常に稀な症例なのではないでしょうか。モンゴル国立第...一病院で見せていただいたデータによると、2012年度に口腔外科を受診した患者の52%が歯性感染症で(虫歯由来の感染症、モンゴルは感染症が非常に多い)、そのうち死亡率が28.7%でした。すなわち、ここにいる顔が腫れている子どもの4人に1人が虫歯が原因で死んでいくのかと思うと、なんともやるせない、つらい気持ちになってしまいました。
なぜこんなに悪化してしまうのでしょうか。
なぜこんなに悪化してしまうのか?
なぜこんなに悪化してしまうのか?
基幹病院勤務の口腔外科医やモンゴル人の方々にお話を伺うと、①歯科を定期的に受診するという概念がなく、②腫れるまで放置し、③行政の保健サービスが乏しいという点が歯性感染症の悪化の原因と思われました。口腔外科医の先生がシステムの欠如によって小さな子供たちが命を落としていくことに怒りを爆発させておられたのが印象的でした。日本人が一目で異様に感じてしまう光景を、日々なすすべもなく小さな子供たちが死んでいく姿を目の当たりにされている先生方のお気持ちが痛いほど共感できた瞬間でした。
日本では、1歳6か月(1歳から2歳で虫歯が増え始める)、3歳時(この頃までに乳歯列が完成する)に居住地の近所の保健所で歯科健診があります。保健所は、戦後、乳幼児の死亡率が高かった時代に、母子の保健衛生向上のために重要な施設として機能していました。しかし、口腔内の観察や指導にとどまるだけで実際に治療することはなく、歯科医師として、また子供を持つ母親として、保健所の健診は中途半端で本当に必要なのかと疑問を抱いたこともありました。しかしながら、今回モ...ンゴルの歯科の現状を調査して、現在のモンゴルにおいては、健診で齲蝕活動性の高いお子さんをくまなく拾い上げ、保護者に適切な指導をし、確実に歯科医院に送り届け、治療を受けさせるというシステムが必要不可欠であると認識しました。
また、ウランバートルの州立病院やセンターの歯科室では、保険適応で一部負担金が少ないということで、来院患者さんが長い列を作っていました。真夏の暑い時期でしたが、エアコンもない階段で延々と待ち続けなければならないため、気分が悪くなる人もいるとのことでした。この患者さんたちは整理券を持っていて、実はもう一か月も前から待っているのだそうです。急性症状が出ている人はどうするのですか?という質問をしてみましたが、それでも一か月待つのは変わらないとのことでした。この状況はもしかしたら、日本の昭和20~40年代と変わらないのかもしれません経済が発展し、社会保障制度が改善していけば、自然と歯科を取り巻く環境もよくなっていくのではないかと思われます。しかしながら、28%の子供たちが命を落とすという現状は、一刻も早く改善されなければなりません。
虫歯で子供たちを死なせないために・・・
虫歯で子どもたちを死なせないために。
毎日、きちんと歯を磨いていれば虫歯にはならないのか。甘いものを食べなければ虫歯にはならないのか。答えはイエスです。しかし、毎日100点満点の歯磨きはなかなか難しいですし、甘いものをいっさい与えないというのも現実的ではありません。ではどのようにすればよいのでしょうか。
生まれたばかりの赤ちゃんの口の中には、虫歯の原因となる酸を作る細菌が存在しません。大人から口移しや食器の併用などで虫歯原因菌に感染する、ここが虫歯のスタートです。次に食べ物が口の中に入ると、虫歯菌は食べ物を分解してネバネバする白い塊を作ります。これが歯垢(プラーク)です。さらに酸を出して歯の表面を溶かしていき、時間の経過とともに大きな虫歯を作っていきます。この過程のどこかが欠ければ虫歯になりづらくなります。何をどうコントロールすれば良いのか、正しい知識を持つことが重要です。日本では通常、保健所やクリニックで指導がありますが、そういったシステムが機能していないモンゴルにおいて幅広く啓蒙するために、モンゴルのテレビでお話しさせていただきました。
モンゴルのテレビでお話したこと
モンゴルのテレビでお話ししたこと https://youtu.be/Ft8-05cas9M
テレビで虫歯のアカデミックな話をしても、興味を抱く人はあまり多くないかもしれません。むしろ、一目でわかり心に残る内容を吟味して臨みました。...
まずはシュガーカット。子どもが1日に摂取する砂糖の量はだいたい20gまでを目安にと言われているのですが、500mlのジュースのペットボトルの中には40g以上の砂糖が含まれていると言われています。実際に、ペットボトルの中に40gの砂糖を入れてみると、知らず知らずのうちにこんなにたくさんの砂糖を摂取していたのかと、日本でも大抵の親御さんたちは驚かれます。何の食品にどれだけの砂糖が含まれているのか、食べる前に考えることが重要です。
次におやつの与え方です。子どもに袋ごと渡してはいけません。必ずお皿を用意して、今日のおやつを決められた時間に、適当な分量をのせて子どもに与えます。おやつが甘いものなら、飲み物はお茶やお水に、ジュースを飲むのであればコップ一杯にして、食べ物は健康的なものにするようにします。ちょっと手間がかかるかもしれませんが、ここは親御さんの腕の見せどころ。子どもたちの健康のためにお骨折りいただきたいと思います。
国立母子保健センターとのコラボレーションが決まりました。
国立母子保健センターとのコラボレーションが決まりました
モンゴルと日本における歯科医療協力の歴史は長く、エネレル歯科診療所のように、モンゴルの小児歯科医療を担うようになって25年にもなるクリニックが存在します。現在、日本からは20をこえる団体がモンゴルの歯科支援を行っていますが、世界から恵まれない子供たちを支える手が伸びているのにもかかわらず、相変わらず歯性感染症の死亡率が高い理由に、受診そのものをしない慣習と予防概念の欠落があげられると思います。単発的に訪問診療をすることは支援者側に達成感がありますが、長期的にみて根本的な改善には繋がらないのではないかと考えます。しかしながら、実際に顔を腫らせている子供たちをたくさん見てしまうと、歯科医師として、また、同じ年頃の子供を持つ母親として、一刻も治療をしてあげたいという気持ちになるのです。
虫歯、歯槽膿漏という口腔内に発症する感染症は概して生活習慣病であり、患者さんの生活に寄り添う治療が必要です。すなわち、日本人の我々とともに活動くださるモンゴル側のパートナーが必要不可欠であると考えます。自費診療優先のクリニックが多いウランバートルにおいて、協力先を探すのは難航するのではないかと思われましたが、国立母子保健センターの歯科室が協力を申し出てくださいました。歯科室には状態の良い歯科ユニット3台とその他申し分ない機材、材料があることが送っていただいた写真からわかります。こちらとコラボレーションすることで、一人でも多くのお子さんが歯科を受診し、虫歯をなおし、感染症から命を落とすことがないよう日本側からも働きかけていきたいと思っています
チャリティーイベントを行います
チャリティーイベントを行います
HAPPY TOOTH PROJECT 2016
国立母子保健センターとのコラボレーションも決まり、こちらの施設を使用して、チャリティーイベントを行うことが決まりました。現地のソーシャルワーカー、ファミリードクターからの情報をもとに、経済状況の良くない地域から150名の子供たちをピックアップしました。母子保健センターの歯科医師2名と日本側からの参加者(3月27日現在、8名の歯科医師と2名の歯科衛生士がエントリーしています)が協力して、健診、治療、予防指導を行う予定です。
...HAPPY TOOTH PROJECT 2016
2016年8月1日 AM 8:00 ~ 8月3日 PM6:00
モンゴル国ウランバートル市母子保健センター歯科室
参加、取材、ご寄付、ご質問などございましたら、メッセージをお願いいたします。
このプロジェクトはCenter for compassoin and wisdom (チベット仏教)のサポートをいただいておりますが、参加者の宗教は問いません。